iPadが書籍自炊ブームに火をつけた
先日テレビで書籍をスキャナーで取り込んでPDFにするサービスが大ブームになっているという話題を取り上げていた。「自分で漫画や雑誌、書物などを電子化する」ことを「自炊」と言うらしい。「自炊」は2ちゃんねるでコミックや雑誌のスキャン方法の情報交換から始まったようだ。これまでは一部で使われる隠語だったが、WebやTwitterでも頻繁に使われるし、テレビに登場したとなると市民権を得たと言える。Webには自炊技術を整理したWikiまでできている。
○自炊技術Wiki
ちなみに、このページの情報はかなり充実しているが、iPadなどの話があまり出てこないようで、少し古いのではないかと思う。
自炊のための裁断&スキャンを整理したWebページは他にもある。
○「電子書籍「自炊」完全マニュアル」
こちらは2010年6月の記事なのでiPad発売後のブームを当て込んで制作されたページのようだ。
Twitterのツイートを見ていると、5月下旬にアップルのiPadが発売されてから「自炊」が燎原の火のように広がっているように感じる。
自炊専門業者の登場
自炊はこれまで個人の趣味の範囲であった。個人の趣味の範囲であれば一般には普及しない。ところが、現在、自炊専門業者が雨後の竹の子のように登場して、電子化サービス業に発展しつつある。次のようにスキャンサービスを比較するブログまである。
○書籍スキャンサービス比較
このブログをみると、自炊費用は1冊100円以下である。一部では自炊サービス業者間の価格競争になり始めているようだが、申し込みが殺到して納期が数ヶ月になっているところもある。納期から、書籍を集めて船で未開発国に運んで電子化しているのかと想像していたが、先日のテレビに登場した業者は社内で作業していたように見えた。利益が出るのだろうか?テレビのインタビューでは最初は身近な友人のために行っていた仕事が、口コミで広がって注文が殺到したので人を採用して拡大したと説明していたので自然発生的である。
「電子書籍の衝撃」の佐々木氏はテレビ番組のコメントで、「iPadが出たが、コンテンツである電子書籍が不足しているので、自炊ブームとなった。」と解説していた。しかし、自炊ブームと電子書籍コンテンツ不足とはあまり関係なく、むしろ、次のようなことではないか?
1.もともと、読み終わった書籍を置く場所がないのでなんとか整理したいという大きな潜在的ニーズがあった。
2.しかし、これまでは電子化した書籍を読むための良いツールがなかった。
3.iPadを見た人達が、「これは良い、使える!」と判断したことで、一斉に動き始めた。こうして、いままで溜まっていたマグマが動き始めた。
こう考えると、iPadという電子リーダに向いたデバイスの登場が、巨大なマグマを動かした可能性がある。
書籍進化への影響
自炊では書籍を解体・断裁することが多い。書籍というものを解体してデジタル情報化する行為である。そうすると、自炊が普及することで次のような影響があるだろう。
1.書籍というものを解体することへの抵抗が薄れる。書籍という形への愛着がなくなる可能性がある。
2.書籍が解体されてしまうので、ブックオフのような新古書店に廻る数量が減っていく。
3.自炊で電子化されたデジタル書籍の情報が違法なコピーとして出回る可能性がある。
個人が自分の書籍を対象にして自炊している限りはそれほど大量の書籍を電子化することはないだろうが、自炊専門業者が大量に自炊を始めると、このような影響が段々大きくなる可能性がある。
本の装丁の価値認識が問われる
特に注目したいのは本というものへの愛着心の変化の可能性である。スキャンした電子本の分野では、Googleブックス・エディションというもっと大規模なものがある。しかし、Googleは読者が自ら行動したものではない。それに対して自炊は、読者自ら書籍を解体することを選択するものなので、書籍への意識の大きな変化を生み出す可能性がある。
『電子出版の構図』(植村氏)では「日本人には本に対する愛着がある。本を捨てることに抵抗感がある。」(4p)と述べている。
この説明は私的にはすこしずれているのではないかと感じる。本を捨てることができないのは、ものへの愛着ではなくて、本を捨てることで情報へのアクセス手段を失うことを恐れるからだと考える。自炊は本という形と情報を分離して情報のみ保管しようという行為で、本というものに対する愛着心や本の体裁への決別であり、情報へのアクセス手段を確保するのである。もしかすると、植村氏の言う愛着心・本の体裁へのこだわりは読者のものではなく、出版業界人のものだったではないか。
このように考えると自炊ブームが一過性のものかどうかは、書籍進化への影響という面からも、もう少し観察を続けていく必要がある。
日別アーカイブ: 2010年7月12日
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